読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

昭和テレビ大全集 ぢゃない

昭和のテレビに関する四方山話

「やめられない とまらない」 かっぱえびせん名コピー誕生の知られざる話(1)

「やめられないとまらない」
あの史上に残る名コピーの産みの親は誰なのか

 昭和時代、クリエイティブ・オフィスZというCM・イベント企画会社を経営していらした、日高欽治(ひだか・きんじ)さんという方がいらっしゃいます。

 「昭和のテレビに関してなんでも語る」を標榜しております、拙作ブログ『私的 昭和テレビ大全集』に日高さんがコメントを下さったのは、2016年2月20日の事でした。以後の経緯に関しましては、別サイト『昭和テレビ探偵団』の方で述べております。

 

 日高さんは「やめられないとまらない」という名コピーを作ったのは自分であるという事を、なんとかカルビーに承知して貰いたい一心で、当方のような名も無き辺境のブログまで頼ってこられたのでしょう。

 当初、日高さんは名乗り出ればカルビーはすんなり喜んでくれると考えていたと思います。事実、当初の先方の態度は非常に友好的だったようでした。

 日高さんが所属していた大広(だいこう)が電通の前にCMを請け負っていた事、そして日高さんが担当していた事など、嘘のつきようも無い事で、カルビー側でも関係者を当たる気になれば、もしあからさまな嘘ならすぐに露呈してしまうような事です。

 

 ですが、少しばかりの時を経て、先方の態度は豹変しました。法務部が出張ってきたという話で、大企業であれば当然の話です。

 これに対して日高さんは、大変な労力を割いて陳述書を作成しました。これには、当時のCM演出者の方を始め、大広の同僚、当時から日高さんにその話を聞いていた友人・知人の方々が、誠意を持って誇張の無い表現で、自分なりの知っている話を述べてらっしゃいます。

 

 しかしカルビーは、友人・知人の話を鵜呑みにするわけにはいかないという態度だったようでした。また、非常に多くの人間が「あれを作ったのは私だと言ってきている」とも言ったという事です。

 これから数回にわたり、日高さんに頂いた資料を基にこの件に関して報告して参りますが、ワタクシは現時点で日高さん寄りではあるものの、竹馬の友という訳でもありませんし、より説得力の有るお話が出来る方がいらっしゃるなら、是非お伺いしたいと思います。

sammadaisensei@yahoo.co.jp(当方宛メール)

ご家族、ご友人、どなたでも、知っているお話をお聞かせ下さい。

 

 

 

広告を非表示にする